日本は国際社会に生き残れるか?
これだけで判断するのは横暴かもしれませんが、日本人は国際社会に不適応と言わなければなりません。
この事を象徴するような出来事が、オリンピックという国際舞台で起こりました。時は平成10年、長野オリンピックの女子モーグル表彰式。優勝した日本人選手と、3位のノルウェイの選手の掲揚態度である騒動が起こったのです。
それは・・・日本人選手は帽子をとらず、ノルウェイの選手は帽子をとって胸にあて国旗を仰いでいたのです。世界中に流れたこの映像を見て、日本人が何を感じ、世界の人がどう思ったのか。
国際社会の常識からすれば、日本人選手の態度は、2位や3位の選手の国に対して非常に無礼な覇者であり、侮辱し敵意があると見なされても仕方のない態度だった、という事です。
また、国を背負ってオリンピックに来て優勝までした選手にもかかわらず、自国への敬意も払わない、理解しがたい日本人に見えたのではないでしょうか?
優勝したこの選手だけでなく、今の日本人がどれだけ国際社会で通用するのでしょうか?
ケニアで青年海外協力隊員に参加したある青年は、夕方6時国旗降納の合図の意味がわからず、下を向いて作業を続けていた時に、ライフルで銃撃された体験をしています。ケニアでは外国人でも、国旗掲揚降納の時は、直立不動の姿勢を取らなければならず、この青年は連行され取り調べを受けたようです。ちなみに、日本の刑法第92条外国国章損壊罪第1項では「外国に対して侮辱を加える目的で、その国の国旗その他の国章を損壊し、除去し、又は汚損した者は、二年以下の懲役又は二十万円以下の罰金に処する。」
これは「諸外国を侮辱したら、罰を与えますよ」という法律です。国際社会の中で、これは当然の法といえるでしょう。ところが、日本の国旗を侮辱しても罰にはなりません。これが日本の現実なのです。
誇れる日本人

海外で仕事の経験がある人は、共通して感じることがあるそうです。「外国で日本の文化や習慣・歴史の事を聞かれた時、私は答えることができませんでした。相手は自国の事を、誇り高く話し論じ、日本の歴史についても意見を持っているのに。私は改めて自分の国のことを知らない。国際社会に出るということの意味を思い知らされた」というのです。
国旗に関しては、国内でも教育面で政治面で様々問題があると言えます。それは、どちらかというと、第二次世界大戦以降の歴史観から端を発しているものがほとんどです。
しかし、私たち日本の歴史も文化も、戦後から始まったのではありません。日本の歴史を遡れば、縄文時代という文明を築いた時代から始まります。それは1万年以上も前です。
「日本は建国2669年で、その間、私たちの国の日本人の王様は、同じ家系で引き継がれています。そして日本の国旗は、形を変えることなく1300年の歴史があります」と・・・他の国では考えられないこの永い永い歴史の事実を、日本人の美徳、質素につつましやかに誇りとして秘めて、国際社会の舞台に立ち貢献することは、素晴らしいことではないでしょうか?
ますます混迷する国際社会の中で、そろそろ私たちは、その事にめざめても良いのではないでしょうか?