経営方式の転換がもたらしたもの
国家全体の経済水準は世界でトップクラス、しかも国民総中流といわれるほど格差は少ない。平和で安全、教育も行き渡り、人々はややシャイだが親切、清潔で時間に正確、約束も守る。その上四季があり、自然は美しい。これが日本でした。残念ですが、「でした」といわなければなりません。
これはこの20年、わが国は大きく望ましくない方向に舵を切ったからです。すなわち、1985年のスミソニアン合意による円高誘導→輸出減退、そのための内需拡大の方策が国内での金余り現象を生み、それが土地をはじめとする資産投機に流れ、資産インフレを起こしました。つまりバブル経済です。
そして当然の帰結としてバブルははじけ、わが国は不良債権、不良資産の山となり、大変な不況に直面したわけです。ここでの対策がひとつは国費投入による金融再編成、もう一つがアメリカ型のガヴァナンス、すなわち企業価値、株主利益の増大こそが唯一最大の企業目的であるという経営への転換です。
金融再編成にも裏の問題はあるようですが、私がここでとりあげたいのは経営方式の転換です。これが今日の日本の状況をもたらした主要な原因であったと思っています。これはまさに私の専門である企業文化にかかわるものです。
つまり、これまでの日本企業の集団主義、家族主義にもとづく、終身雇用、年功序列人事などの人やその和を尊重する文化が、企業生き残り、成長のガンだとして、それを否定することが優れた経営者の条件とされました。大企業の多くは、従業員を同志、パートナーとしてでなく、企業が株主のために利益をあげる道具と考え、リストラ(企業構造の再構築)という名目で大幅の人員整理を行い、本来意欲醸成のための目標管理を給与引き下げに悪用したのです。
それに追い討ちをかけ、仕上げをしたのが、人材派遣法の改訂、とくに製造業への解禁です。これは間違いなく、小泉改革による自由化、規制緩和、そして民営化の動きによってもたらされたものです。つまり自由な競争こそが経済を活性化させ、人々の幸せにつながるという思想です。
私は一貫してこれに反対でした。この思想は、人びとの間に弱肉強食の争いを起こし、利己主義を煽ることは明らかだからです。しかも実態経済が伸び悩むなかで、企業が成長を求め、利益を手にするには、最早金融投機、つまり浮利を狙うしか残されていないのです。それが破綻したのは、サブプライムローン証券化問題で明らかです。
人と心の価値を取り戻す
これらはまさに、これまでの日本人の価値観、日本社会の、企業の文化と真っ向から対立するものです。文化の異なるところにいくら力で入り込んでも、混乱するだけだというのは、たとえばイラクでの状況をみても明らかでしょう。
私は国づくり人づくりは、まずこれまでの日本文化を再評価するところからだと思います。もちろん、国際化の進んだ現在、時計の針を巻き戻すようにはいきません。しかし、金銭や物がすべてという風潮から、人の価値、心の豊かさの価値を取り戻すことが重要です。地球環境問題、資源問題など、人間の物的欲求はかけがえのない地球を破壊し始めています。「乏しきを憂えるのでなく等しからずを憂える文化、物より心を大切にする文化」の形成が人びとを救い、国を救い、地球を救うのではないでしょうか。
社会が病んでいる証拠の重要な一つに、人間関係の崩壊があります。たとえば自殺、いじめ、 これらを減らすにはどうするかを考えるだけでも、それは社会全体の文化やシステムの問題になります。望ましい社会へ方向づけするには、私の基本的なスタンスとは異なるのですが、ある程度の規制強化は仕方がないのではないでしょうか。残念ながら私も含めて、私たちは自由を暴走せずに上手に使うのはどうも不得手なようですから。