金融経済危機の波
一月六日付の英字紙『インターナショナル・ヘラルド・トリビューン』の第一面に、一枚の〝異様な〟写真が掲載されていた。御用始めの初詣でのために、神田明神に殺到し、我先にと神前で手を合わせる東京のビジネスマンたちの光景だ。彼らの表情には心なしか悲壮感すら漂っているようにみえた。  

米国発の金融経済危機が、この国にも深刻な景気後退をもたらし、いま日本列島全体が暗い閉塞感に包まれている。しかも危機は、もはや単なる金融経済危機のレベルをこえて、世界の枠組や価値観を根底から崩し始めている。これにどう対処すればよいのか。だが神頼みや嘆いてばかりいても、状況は変わらないだろう。

アメリカの影響で変質したわが国
われわれはいまこそ、少し冷静になって、この危機からさまざまなことを学びとり、新しい国づくり人づくりの手がかりにすることが大切だと思う。今までの在り方を反省し、次の世代に引き継ぐべき新しい社会を築く、いまはチャンスでもあるのだ。懸命に汗をかき、まじめに働いている人が幸せになれないような社会は、後世に引き継ぐべき社会とはとても言えない。これは、派遣制度を製造業にまで拡大した国の政策と企業論理の結果だ。  

レーガン米大統領の時代から減税と規制緩和と小さな政府が経済成長の原動力だ、という考え方が世界に広まり、わが国にも大きな影響を与えた。グローバリズムという言葉は、アメリカ型を踏襲するということであった。「金融工学」などという言葉が、わが国でも流行した。

金融がまるで精密な科学でもあるかのようにもてはやされ、金融業界への監督がなおざりにされ、そこに内在する賭博的な要素が見過されてきた。「規制」はすべからく緩和するのが正しいという結果が、サブプライム問題であり、わが国の派遣問題であった。

いまこそ日本から世界に発信する時
われわれは本来、草木の一本、一石、一草にも、虫にも動物にも、心があり、魂があり、仏性がある、森にも山にも命があるという考え方をする民族であった。わが国の文化は、こうした考え方の上に形づくられてきたのである。いまこそ、こうした日本らしい文化に立脚した考え方を基礎に、思い遣りのある国づくり人づくりに取り組むべき時ではないのか。

かつて連合軍最高司令官として、終戦直後のわが国に君臨したダグラス・マッカーサーは、帰国後次のように証言している。「私は日本ほど安定し、秩序を保ち、勤勉である国、日本ほど人類の前進のため将来建設的な役割を果たしてくれるという希望の持てる国をほかに知らない」と。  

われわれは、われわれの文化と伝統に自信をとり戻し、われわれの考え方で新しい国づくり、人づくりを成就し、われわれの考え方を世界に発信する、いまこそその時であると考える。  

「国づくり人づくり国民運動」は、正にその先導役を勤めてくれるものに発展して欲しいと期待している。