エンディングノートの会・ファミリーヒストリ-の会 参加者の声

コロナ禍だからこそ、生活力・人間力向上に取り組みました

新型コロナウイルスの影響で生活が激変する中「ピンチをチャンスに生かす!」と財団創始者木原秀成先生の教えに沿って 「エンディングノート」「ファミリーヒストリー」の2つのオンラインセミナーをスタートいたしました。
コロナの終息が見えない状況下、今まで機器を使うことが苦手だった方々も、瞬時につながり、学び、 自粛期間中でも取り組むことができました。
2020年5月は延べ100名以上の参加者が、自分も知らない自分に発見に没頭しました!
(国づくり人づくり財団新聞 2020年7月号より)

エンディングノートの会 参加者の声

エンディングノート
田邊弥穂さん

まだ先のことと思ってましたが、早いうちから考えたり、親とも話しておかないと、話ができなくなるし、知っていれば友達とも深い話ができると感じました。また、どうにかなると言うのは、どうにか先手を打って対策してる人しかできないと思います。また、それを継続してるから未来が見えてくる(見る)。継続して参加されてる方は凄いと感じます。日々の生活に追われ、自分と向き合う時間が取れないのであれば、こういう時間はお金をかけてでも作った方がいいと感じました。流れに乗ってしまえば、自分でも時間を確保できるので、何回も参加出来るようにしたいです。

エンディングノート
田村かおるさん

昨日はエンディングノートの会に二度目の参加をさせていただきました。見たくない見ようとしてない家族とのつながりの部分無しで、介護や延命、お葬式、死後の遺品などなど…逃げてる自分からの脱出、そして、発展まで~つなげたい。大切なことをほったらかしにせず、向き合おう!!と決められた三時間でした。
新しい方の気づきや感動も、また拍車をかけてくれました。出れば出るほど!味のあるエンディングノートの会です。明日も今月の女性連合会定例会に来られた方とワクワク参加します!どうぞよろしくお願いいたします。

エンディングノート
横尾ひとみさん

介護とは両親のことでなく自分のことでした。自分の思ってることを子供に伝えておかないといけないと実感。どう考えてもお金、まかなえない不安。経済がますます厳しくなる。どうする?

エンディングノート
瀬尾英子さん

お墓のこと、遺品整理、家の処分とか…今すぐ取りかかります。その夜すぐに家族と話し合いが出来ました。

エンディングノート
山崎佐加恵さん

すごいショック。何も書いてなかったし・・・
父のこと、母のことを思うと介護費用も満足に用意出来ない今に。断捨離しからはじめます。全部整理しておかないと…何十年も前から教えて頂いてるのに・・・

エンディングノート
毛村真知子さん

自分の葬儀は実際には誰に託すのか?まさか⁈を考えると、日々の生活の中で細かい家族のひだが必要。書き出そうと思ったら抜けている…書面は残るからいい加減は書けない…自分の生き方を見つめ直しました。やってるつもりでやってなかった。だからこそ、周りの人に出来てないだけに一緒にやって行こうとLRAをお誘いします。

エンディングノート
柳原千種さん

整理が出来ていなかった。カードも山積み…保険も自分以外の子供や孫にかけたり、家財保険もあるので、きちんと整理してないと。今回〜本当に没頭できました。ありがとうございました。

エンディングノート
大隅紀子さん

最後の判断の数々を誰に委ねるか?!母の介護は一人では出来なかった分、訪問介護のヘルパーさんたちと細かいやりとりをしながら最期を看取ることできました。死んで遺品整理をした経験から、元気なうちにお話しすることをおすすめします。痴呆になったり身体がキツくなると話せなくなります

エンディングノート
宮本彩美さん

お金がかかると、つくづく医療や介護を考えたら途方に暮れました。

エンディングノート
宮本和代さん

葬式の中身を考えさせられた。実家には付き合いがあるが、主人の家や親族との付き合いが希薄なので、夫婦で話し合います。周りに迷惑かけない準備します。

エンディングノート
芳野愛さん

自分が入るお寺さんの住所記入して、リアルに感じました。自宅だったので、すぐに保険証書を探したのですが見当たらないなく?!きちんと確認します。亡くなった後の処理ができるくらいの費用が保険でできるのかも。母の死装束の着物も早速選びます。母にミッション頂いて最初はわからないと言ってましたが、自分で選んで赤い洋服を着てビデオを撮ると明るくニコニコになりました。時間はかかりますが待つしかないですね。あの姿を見ると思い出になるようにビデオをちょこちょこ撮るようにしようと話しました。取締役のお言葉がないと気づきもしませんでした。ありがとうございました。

エンディングノート
神南良子さん

もう少し2人で考えます。東京に引っ越ししたばかりなので、荷物をほどきながらなのですが、今朝地震があったので、避難グッズも点検チェックしながら、エンディングノートも避難グッズと一緒にしておかないといけないと思う。

エンディングノート
神南逸馬さん

片方が死んだらお墓をどこにするか?施設はどこにするか?具体的に話し合ってる最中。今朝東京で地震が・・・余計に真剣に向き合いました。保険証書見てたら、受け取り人が書かれてないのが見つかって驚いています。

エンディングノート
川崎久美さん

一言、落ち着きました。やらなくてはと思いつつやれてなかったことを、一つできたことが・・・。このまま死んでしまったらいろんな方に迷惑かけてしまう。甥の存在に感謝。木原秀成先生が創ってくださったLRAの価値観すごく感じました。

エンディングノート
高橋貴美さん

介護から記入だったので、子供がいないので施設に行くしかない、じゃ費用は?と思ったら、孤独死って他人事ではないんだと。お墓とか永代供養の話を現実に進めて行きます。保険も友達のに入ってるから任せっきりなので、詳細を確認します。このノートの記入早急にします。

エンディングノート
山口美穂さん

今の若さで介護は先のことと思ってピンとこなかったのですが、介護にはお金がかかると、終身保険の中身を確認しました。今下りる金額と負債のチェックをしてみました。サイクルが変わるので、いいきっかけを頂きました。

エンディングノート
永山茂子さん

「もしもの時、連絡して欲しい人」の書き込みは、年賀状のリストを印刷して挟んで活用。この時間で遺影の写真選び、家紋の写真を選ぶことが出来ました。また保険の記入追加があり、中味の見直しが必要に気がつけた。言葉を書くことは難しかったので、この時間が有り難かったです。


ファミリーヒストリーの会 参加者の声

ファミリーヒストリー
岡本曜子さん

4月末に母の母の除籍謄本を取りに行った時、母のおばあちゃんに当たる人の除籍の書き方が普通の違うなと思っていました。楠葉常務から、課題として、父母に家系図見せながら、血筋を知る状況を聞くようにという事でした。母の母は、前妻で、原爆で亡くなった為、後妻が迎えられました。その上の母は、後妻で、前妻の姉の子守りに行っていたのですが、前妻が亡くなった為、後妻で行ったようでした。今まで知らなかった事でした。
1人1人に、その人に応じた課題を与えて下さり、新しい発見ができました。どうもありがとうございました!!

ファミリーヒストリー
岡本裕美さん

5/4に受講させていただき、この会の中でさせていただいたことが、
①自分につながる霊線を書き出してみること
②情報が一番少ない父方祖父の母方(片山家)の除籍謄本取り寄せチャレンジ
です。
①は書きだしながら、木原先生に接心いただいた時のメモ、山内先生にカウンセリングいただいた時のメモもあわせて見なおしました。その中で気になったのが、お墓を調べないといけないという件と、5代上のおばあちゃんになる曽我ウガさんの周辺のことです。つい最近、熊本の叔母の助けもあり、曽我家のお墓がわかりました。
ところが、現在のお墓が他所に移っているのに、ウガさんの夫にあたる源蔵さんのお墓だけがぽつんとひとつ残されていたのです(゚д゚)!以前、木原先生が、亡くなった方の想いと生きている人の想いにそれほど違いはないといわれていたことがあり、生きている人間でもひとりぼっち取り残されたら(しかも家族に)どんな想いだろうと想像すると、しっかり供養してあげなければと改めて感じました。
もうひとつ気になっているのが、叔母がやりとりした曽我家の方(家系図をお見せした)が、ウガさんを知らなかったことです。ウガさんは早くに亡くなり婿養子だった源蔵さんは後妻を迎えているのですが、後妻さんとはかなり年が離れており、源蔵さんが先に亡くなっています。更に、後妻さんの妹が息子に嫁いでいて(姉妹で親子に嫁いでいる)、状況としては完全に後妻さんの流れになってしまっていることが、今の子孫がウガさんのことを全く知らないことに繋がっているのかも。そうすると、ウガさんの想いたるや・・・
山内先生のカウンセリングでは、祖母、母、私にウガさんの霊線がつながっていて、「私が家をなんとかしなければ」という思い癖に現われていることも見えてきました。なぜかというと、私は結婚生活3年の間、旦那から3回しか生活費をもらわず、けんかになるのがめんどくさく、自分の給料でなんとかすればいいと思っていたこと(結果何とかなりませんでした)。更に、母が運命創造学を学び始めてから初めてそのことを話したとき、母も父からほとんど生活費をもらってなかったことがわかったからです!びっくりでした!!母は父が57才で亡くなるまで30年近くそうだったことにも驚きましたが、二人とも考え方がもう、まったく同じだったことに心底驚き、それがカウンセリングでウガさんの想いとつながったのです。今、ウガさんはじめ女性を主に特別供養させていただいていますが、その周辺も含めてもっと残された想いを紐解いていきます。
②片山家の除籍
私の場合、基本家系図(直系)の6代上32家の内、母方に繋がる家系は16家中13家判明しているのに、父方は16家中、なんと7家しか判明していません!片山家は、帰省時に町役場までいって確認したのですがわからず。ところが、実際は氷川町ではなく八代市役所にいかなければいけなかったことに、広島に帰ってから気づき、なかなかとらせてもらえない!この度は、会の中で除籍謄本取り寄せの準備をし、早速送付しました。そののち、市役所から連絡があり、やはり上の除籍が残っていないとの回答がありました(>_<)しかし!あきらめず、今度は弟の名前で再チャレンジしてみようと思います。母も、残ってる住所を訪ねてみようかと言っています。わかるまで、やり続けます!続けて参加させていただき、自己発見を深めていきます。

ファミリーヒストリー
横尾ひとみさん

家運生の池田ひとみさんと参加させていただきました。同縁引合で、引き合わせられたんだということを強く感じ、役目があることを痛感出来ました。
私の母方の祖父は、妻を病気で亡くしてから、7人子供を男手1つで育てあげました。でも浮かんでくる顔はいつも笑顔のおじいちゃんです。その笑顔の裏の苦労を偲ぶ事が出来ました。祖祖父の先妻のお墓のことも気になりました。
私は大きな宿題があります。主系の家系図を自分の手で作ることです。主人の作った家系図で、今まで来てしまいました。主人も、私方の家系図は、作っていません。ここに大きな落とし穴があつたように思います。大急ぎで取りかかります。この時間を作って下さいましたことありがとうございます。

ファミリーヒストリー
池田ひとみさん

今日は、体調はあまり良くなかったのですが、参加させていただけて良かったです。
やはり自分の双極性感情障害は、ご先祖様からの、様々な想念からきているのだということが、家系図を再確認することにより、見えないことが見えてくる…といいますか、とにかく、自分自身が、現実社会で起きている出来事が、ご先祖様からの気づかせなんだなーって、改めてよく分かりました。わたし自身が、倒れた年齢と、祖母が亡くなった年齢が同じことも、意味があるんだなーとか、それまでの困り事も、助かりも、全てご先祖様からのメッセージであることに気づかされ、しんどくても、わたし自身が因縁に負けずに突破しなければ、子供達や孫の代まで、その悪影響のある想念は、浄化されずに受け継がれてしまうので、どうにか自分自身が変わらなければ(emoji)と、覚悟させられました。これから、まだまだ大変なことが、沢山あると思いますが、諦めずに、前向きに頑張らせていただきたいので、宜しくお願いします。かなり、自殺者や、水子も多く、絶家の家系なので、重くのしかかるものが沢山ありますが、わたしが頑張るしかないんだと、思わされました。

ファミリーヒストリー
千葉真由美さん

両親、義理の両親共に亡くなっているので、手続きのため除籍謄本は既に手元にありました。家運繁栄の道場でさらに除籍謄本をとることを習い、娘に請求者になってもらうため、帰省した便に娘を市役所に連れて行き、主系はすぐに揃えました。傍系は県外で郵送で取り寄せる必要があり、私自身でいつでも請求できると思ったら、なかなか前に進まず、1年半ほど経ってしまいました。傍系を揃えてないから、家系図のセミナーに参加しても、新しい気づきなどないだろうと思っていましたら・・・。
楠葉副理事長より、傍系の除籍をとる段取りをするようご指示いただき、とりかかろうとしましたら、持参物一式の中に、どこか市役所に寄った時にもらった請求用紙が何枚かと、郵送するためのA4判の茶封筒が車の中にあったのです。あとは郵便局で手数料や切手を用意するだけです。昨日の会に参加したことは、家系図づくりに早く取り組んでほしいとご先祖さまが背中を押したのではないかと皆さんおっしゃられ、その通りかもと思いました。

ファミリーヒストリー
岡田裕子さん

ファミリーヒストリーを親子三代で受講させていただきました。初めに楠葉副理事長から「今まで、家系図やヒストリーができていない、させてもらえていない。でも、この場は木原先生が作ってくださった場です。」「匡恵、裕子、暉雄は各々一粒種。岡田正雄さん(匡恵の実父)のことを三人でとにかくどんどん書いて(知って)いってください。」と、テーマをいただきました。
匡恵が2~3年前に叔父(匡恵の異父弟)から受け取っていた正雄さんの勤務先の職員録と雅子さん(匡恵の母)の日記を持ち出してきて、読むことになりました。途中、親戚に電話で正雄さんのことを尋ねもしました。除籍謄本ではわかりませんが、正雄さんの死因は自殺と聞いていました。日記は亡くなる六日前からのものでした。今回、いただいた一時間半で、匡恵が二日前まで読み進みました。匡恵、「日記をもらっていても読みづらく、読んでいなかったが、読める気をいただいた。(会で集中する時間をもらって)集中したら読み進められた。今まで、読もうという気が薄かったのかなと思う。」「日記から、正雄さんの性格が読み取れ、自分達にも引き継がれていると感じました。」「岡田正雄さんからの家系の流れだとはっきり実感しました。」
これからも、正雄さんや家系を紐解いていきます。この場をいただいたこと、ご指導に感謝いたします。ありがとうございます。

ファミリーヒストリー
近藤美紀さん

私は、傍系も主系も養子家系なので、複雑な家系図に、ちゃんと向き合えず、頭が混乱してしまっていました。会の中で、自分は、ご先祖の誰の想念を引き継いでいるのだろうと、じ~っと家系図を見ていた時のことです。山内理事長のトータルカウンセリングでのアドバイスをコツコツ守って、ご供養させていただいているつもりでいたのに、今日のあの場で、はっきり気付かせをいただいたことがありました!自然とご先祖さまへの感謝の念がグッとこみあげてきました。見たい、知りたいと思いつつも、結局、気持ちを向けることができず、見ようとしていなかったんだと思います。山内理事長、楠葉副理事長を介して、木原先生が導いてくださっているんだなぁ、ありがたいなぁと思いました。命が喜ぶ生き方をして、幸せな未来づくりにつなげていきたいと思います。参加するたびに、気付かせをいただける場だと思うので、また参加したいと思います。

ファミリーヒストリー
田村かおるさん

実家に行って、実家の、つまり傍系の、養子に来てくれた大切な祖父の土肥家に、姉夫婦に墓参り兼ねて一緒に行ってもらう話の段取りをしてたら、なんと!主系田村家の両親どちらもの母方(つまり主人の両親はいとこ結婚です)の山田家のことが気になると話したら、『そこにお墓があるよ。夜逃げして出ていったらしい』と義兄が教えてくれました。『お墓は今もお参りには来られてるよ』とのことで、驚きでした!まさか!!s隣の家の裏に山田家のお墓があるなんて。以前からすごく失礼で挨拶もしないで墓参りにくるんだ、とは聞いていましたが、その人(山田さん~電気やさんなのでよく会ってました)があの、私の気になるルーツの山田家の縁の方とは!知らなかったのは私で、そばにおられたのだとびっくりでした。今日は時間もないし、山の中で雨で行かない方がいいとのことで、行きませんでしたが、ほんとに灯台もと暗しでした。

ファミリーヒストリー
田村かおるさん

私の祖父清一は土肥家から養子に佐々木家に来ています。それも祖母リヨは二人も先夫を返しての、3人目の夫が私の祖父清一です。山内先生の祖父のお話を聞くたびに、うちの清一おじいちゃんが大事なんよねと思いながら、なかなか踏み込めずにいましたが、ファミリーヒストリーに参加して、佐々木家でやはり気になる!!と思い、佐々木家を養子をもらい継いでいる姉に聞いて、一旦は一緒に行くように、なってたのですが、養子に来てる義兄があんまり付き合いを拡げても、と二の足をふみ、結局、私が一昨日、土肥家に行ってきました。そこで清一おじいちゃんの兄の孫である昭一さんに会いました。私のつくった家系図にすごく関心持たれ、ご本人も没年がっ日表を作っておられ、わが父母もその中にあり、やはり来させてもらって良かったと実感しました。昭一さんの祖母サカヨさんは除籍では武一さんと結婚してますが、どうしても武一さんと同じお墓に入りたくないと、武一さんは一人だけのお墓に、サカヨさんは息子である熊夫さんのお墓に入っていました。それは昭一さんも謎なようで、まだ解明はされませんが、ドラマがあったのだと思います。とにかく養子家系は間違いなく、その昭一さんご夫婦も子どもは女の子二人。長女に土肥に養子を迎えるも横浜在住だし、孫は女の子一人。二女には子どもは出来ず。清一おじいちゃんの代のファミリーストーリーがまだ解明されてませんが昭一さんもいろいろ聞いてみますとのことで、ストーリーがわかりそうです。昭一さんが、私の父一男叔父さんにはほんとにお世話になったと言ってくださり、父は清一おじいちゃんの実家を大切にお付き合いしてきたんだなあと、改めてまた父をありがたく思いながら帰路に着きました。
まずは土肥家ストーリーに一歩進めたことはファミリーヒストリーを楠葉副理事長が開催してくださり、アドバイスを下さったお陰です。また母香代子は取婿取嫁家系で向井家から取婿で家系が継がれてますが、土肥家も向井家と繋がりがあるとのことで、それは昭一さんに宿題ですねとお願いしてます。すごくいい方なのでこれから私も行き来出来る関係になれそうです。昨日実家に帰り、清一おじいちゃんの写真を見たら、昭一さんにも面影があり、遺伝子は着々と引き継がれていることを感じ、心が熱くなりました。行動に移させてもらいましたことに感謝の想いでいっぱいです。

ファミリーヒストリー
佐藤幸江さん

家系図を見直したいと今回傍系母方祖母の旧姓堀家家の除籍と向き合いました。さあ始めよう!!と思ったとたん、悲しみや辛さやぐっと胸に込み上げてくる物があって・・・涙か出る女性たちが幸せでなかった、わかっていたのに一呼吸二呼吸。やっと始めることが出来ました。祖母の親の代で長男が女遊び、跡取りの役目が果たせず何度も離婚再婚繰り返し家を継いでおらず・・・随分女性を苦しめていること。私は次男の流れ。男が早死にで、女子供の生活が一変していました。どっちも大変だっただろうと改めて感じました。
そして、日野さん、石田さんと3人で参加させて頂き気づいたことは、「3人の家系は形は違えど、女性が幸せでない苦労している家系ですね。」副理事長のお言葉でした。即座に自分を発揮出来ない。何かが根底にある方々ばかりだと!3人は同縁因合だったのです。日野さん、石田さんは新たにご供養を見直せ増やせました。副理事長が「私の代で 引っくり返す!娘らに引き継がさん。って気持ちで 生(活)きなさい。」と言って下さいました。
色々あって当たり前、でも 進もう!と思えています。ファミリーとの参加は他では味わえない時間でした。繰り返しの参加、おすすめ致します。

ファミリーヒストリー
佐藤幸江さん

「木原秀成先生のエネルギーが流れるこの時間は、気付きや何かに繋がる3時間です」と楠葉副理事長のお言葉から始まり、参加者各々に指示を下さいました。
私は十数年疎遠になっている実母の実家が直ぐ近くにあると打ち明けた所、板森家(実母弟夫婦)へ訪問し家系図コピーをあげて帰る!とにかく行ってみる!と、ご指示下さり、突然行くのでドキドキでしたが、「よく来てくれた」と迎え入れてくれました。疎遠だと決めつけていていたのは私の勝手な思い癖だった。と気づかせて頂きました。そして母の事が・・・私が知っていた以上に苦労の連続だったこと、父は初婚 母は再婚なのですが父が綺麗だった母を気に入って断っても結婚したいと大変だった、のに結婚したら父は母に辛くあたり、祖父母からも相当イジメられていた。再婚だから もう離婚は出来ない実家へ帰れない…と思っていたんだろう、と叔父。家系図は叔父も簡単な物を持っていて、もっと話が聞けそうでした。
子供の頃はお盆、お彼岸、お墓参りも親についてよく行っていたのに何時からか敷居が高くて行けなくなっていた。傍系母方板森家、ファミリーヒストリーで行く機会を頂きましたこと感謝致します。80歳になる母へは感謝と残りの人生を幸せになって貰えるように娘として出来る限り接したいと思っています。叔父夫婦に家系図について又教えて貰う、今度は母と二人で来るからと約束も出来ました。親戚が現実で繋がった!凄い時間でした。次のご報告が出来るように行動致します。

ファミリーヒストリー
佐藤幸江さん

家系図の大切さを分かっていながら、なかなか見れず過ごしていました。じっくり向き合える有難い時間でした。楠葉副理事長にトータルカウンセリングをして頂いた、そんな時間でした。新たにどなたを○○したらよいか。気づきあり、マンネリ化していないか?見直せたり、ここから自分を変えられるかなと思えて来ました。なぜか…温かい気持ち、心が穏やかになりました。まだの方は参加オススメ致します。

ファミリーヒストリー
石田なつみさん

2回目の参加です。除籍はとったものの家系図作成出来ないままで、今回没頭されました。石田さんは妹さんと二人姉妹です。傍系母方 的場家をやっと形に出来て・・・離婚している方が多い事に驚きました。その中にお母さんはかろうじて離婚をしていない!そして法則に沿って遡り分かった。本人も妹も母も祖母にも関わる!祖祖母が原因だったのです。早く亡くなり、祖祖父は再婚していました。石田さんは現在27才で祖祖母が亡くなられたのも27才でビックリ驚きでした。気づいて欲しかったのだろうし、年齢も同じで言葉に出来ない思いの様子でした。「離婚が多いのは、祖祖母が早くに亡くなり粗末にされ無念な思いだったのでしょう」と副理事長から伺ってご供養を書いてあげたいと即「特別供養」の申し込みされました。家系図から起こっていることの原因 と石田さん姉妹に起こるだろう未来が見えて来る。未来を変えて行ける方法もあること凄いご縁を頂いている事に有難い思いでした。

ファミリーヒストリー
日野悦子さん

お家の為にと家運繁栄の道場を受け6年程・・・今回家系図を見る!眺める!家系図の中に入り込むと指示を頂き 向き合いました。
<長男家族と同居>
日頃から嫁のイライラが激しく気苦労の多い日々、息子も孫もピリピリ、孫の成長も気になる。内の嫁さんは困った子だ。嫁さんが悪い。どうやっても変わらないって思っていました。が…原因は私だったのです!! 私は長女 母も長女祖母もと皆・・・嫁姑でもめていたのです。祖母は三女で遡ると、あっ!この方この方が原因だ。と思ったそうです。「私はいつも気を使ってあげてるのに」と思っていましたが、日野家に嫁ぎ重い物をうけてお嫁さんの方が被害者かもしれないですよ!と楠葉副理事長のお言葉に、「はっ」と受けとめれ気持ちが変化しました。
この度家系図と向き合い、ご先祖さまと自分が繋がっている。ご供養は現実を変えてくれると今までより信じれ胸に入った気がします。

ファミリーヒストリー
高橋貴美さん

参加したいけど、家系図が未だ傍系が2家出来てないから・・・と躊躇していました。何度も何度もチャンスを頂いているのに、中々進められてなかったので、このチャンスを逃したら…という思いでした。
早急に除籍謄本請求手続き準備出来ました。髙橋家がやはり気になり、除籍謄本見直していたら、家系図に書き出してない人がいて、ビックリ!! 気になりながら、中途半端になっていたのです。その時、してあげれる方がいた〜と、なんだか嬉しく思えたのです。止めていたのは、私自身でした。『過去が未来を握ってる』→させて頂ける環境にいる私自身が、家族の未来をも、握ってるのだと、あらためて思いました。足を止めずさせて頂けるよう、進めて参ります。

ファミリーヒストリー
川本裕子さん

家系図を見ながら、そこに入り込むよう、前回、前々回と同じご指導をいただきました。家系図を見ながら、なぜこのようなご指導を続けていただいているのか、なぜこのような現状になっているのかを考えながら家系図に向き合いました。
11月からおつとめと懺悔行を毎日続ける中で、今年になり、毎月、家系の新しい情報が集まっていましたが、家系のいろいろなことが分かっていくことと、家系図に入り込むこととは別のことなのではないかと思いました。家系の新しい情報が集まることだけでなく、そこに想いを寄せ、先祖が私自身であるとの境地になることが大切なのかなと、思いました。今まで、「正しく生きなければ」と思いながらも、自分流に物事を見たり、考えたりしていたように思います。もっと、違う視点から多面的に物事を見たり考えたりすることが必要なのではないかと思い始めていますので、木原先生の教えをもう一度、しっかり学び直したいと思います。とても大切なことに気付くお時間をいただきまして、ありがとうございました。きちんと自分自身に答えが出せるよう、これからがんばります。

ファミリーヒストリー
毛村眞知子さん

15日に実母が亡くなり、毎回、参加された方々の気付きを読ませて戴きながら、私も何処かで参加をと思いつつも、日にちだけが過ぎて行っていました。今回は2回目の参加でしたが、前回参加して、再度、傍系の除籍を取り直そうと、行動したのですが、もうこれ以上は出てきませんと言われて、敢え無く撃沈していました。
傍系の今、分かるところを自分が誰と繋がっているのかを見直す機会を戴いて、母の生前施餓鬼、曾祖母の施餓鬼は、書かせて戴いていました。父母とも8人兄弟と兄弟姉妹が多くて、従兄弟19人、従姉妹9人と従兄弟従姉妹が多くて、生前、母は、どちらの兄弟姉妹共に懇親を深めていて、従兄弟従姉妹達の子どもに至るまで心使いをしていたようで、この度はコロナウイルスの関係で、状況が状況ですので、親族だけでと、通夜、葬儀をさせて戴いたのですが、上記の様に親族だけで60人を上回る数になり、心のこもった葬儀を終えることが出来ました。お忙し中、楠葉副理事長が足を運んで下さり、その状況を目にされて、実家の方は、それなりに拡がりを感じられて、この度の会で、「女の子は、ほっといても大丈夫(長女は結婚して、孫が一人)、問題は男の子(長男26歳、次男24歳の2人の男の子がいます)、その子達のこれから先が大事と」、主系の新たな見直しをご指導下さいました。
会の中で、家系図の見直しをさせて戴きました。昨年は義父が亡くなり、義母の2月から入院していて、毛村家の事は、全て私がしているのですが、書類の整理をしていたときに、手書きの家系図擬きが見つかったので、家に持ち帰っていた紙が有ったことに気付き、見直しをさせて戴いて、毛村の名字とは全く違う、宮野家、山野家と書いて有りました。義父が生前に、ちらっとその様な話をしてくれていたことも思い出しました。宮野家、山野家に関しては、全然御供養した記憶が無くて、“ハッと”しました。会の終盤で、今日の感想で「新たな発見があり、宮野家、山野家を御供養させて戴きます。」と発表している際に、扇風機を回したいくらい蒸しっとして暑かったのに、身体がガクガクと震えて来ました。終了後、直ぐにご先祖様、施餓鬼の塔婆に書かせて戴きました。6月には、義父の壱年祭(神道なので全てお祭りです)、叔父にその紙を見せて、色々と聞きたいと思います。

ファミリーヒストリー
山口美穂さん

私自身、旦那が山口家に入った「養子家系」であるので、旦那の家系が「傍系」「畑」になります。そして、お腹にいる子は男の子でほぼ確定!!(と今日の検診で言われました)なので、養子家系の男子、つまり精神的に弱い子になりやすいので、この子の為にも今できることを、と思いました。
今回は、旦那がアトピーであることから「家系の摩擦」にも注視しながら、最近手がつけられていない旦那の母方祖母・木村家の除籍を見直しました。それで気付いたことがひとつ!旦那から4代上の祖母(高祖母・前田家)には3人の兄がおります。次兄が幼少期に坂本家へ養子(高祖母の母は坂本家出身なので、親戚の可能性あり)に行ったのですが、長兄が病気で家督を継げなくなり、実家に戻されています。除籍には養子縁組を切った後の半年後に、「(次兄)を嗣子(後継)とする」と記載があります。それで次兄は結婚したものの、子宝に恵まれずに絶家となったようでした(対して、三男は3男3女に恵まれています)。それ以外でも、以前から旦那家系は養子縁組や女性が家督を継ぐ、同じ一族同士の結婚が多いと分かっていました。しかし、今回の母方祖母・木村家に関しては、書いてあったのに気付いていませんでした。アドバイスをいただいたとおり、まずは月供養の施餓鬼から進めさせていただいきます。ありがとうございました。

ファミリーヒストリー
松岡悦子さん

楠葉副理事長から、「松岡家の本当の問題は何かを突き止めていくことが重要。ご先祖樣が、皆で待っていらっしゃいますよ」と。直ぐに畑仕事中の主人のもとへ。「祖祖父が、昔から一番気になっている。どんな人かわからんけど、自分は、祖祖父から何かを受けている気がする」と。主人が、穏やかに話してくれた事に本当にビックリしました。同時に、ご先祖樣との繋がりを実感しました。
これから、松岡家のルーツを調べて、本当の問題を明確にしたいと思います。

ファミリーヒストリー
松岡ゆみ子さん

松岡悦子さんとご一緒させて頂き、始まる前に除籍謄本をテーブルに並べられてて、楠葉副理事長が松岡家ご先祖様が皆さん揃われて居られてるので、仏壇に蝋燭とお線香をとご指導頂き、ハッとしました。除籍謄本に書かれてる方々の魂(生き方や想)が入ってるのだと!!家系図作成の為の原本です。除籍謄本を見つめ対話する、大事な事だと感じました。私は、松岡家(本家)悦子さんは(分家)とお互い、松岡家の嫁として嫁いで、松岡家が何処からこの地に住み着き、分家したか?もっと調べて行きたいと思いました。
<松岡家は何処から移り住んだのか?>
悦子さんのご主人に聞いてみましたら…岡山県の池田藩からだそうで、我が家の家の上に大きな門構えの屋敷があり武士だったそうです。苗字はなく屋号で、下平(池田)から出た出平(松岡)江戸中期1650年頃に開祖松岡として分家1690年頃に松岡悦子さん(分家)したのではないかと聞きました。新たに見えて、繋がっていることに感謝です。